エアーズロックの花
エアーズロック (863m オーストラリア) 2004.9.21 晴れ 2人

★プロローグ
 シートベルト着用のチャイムが鳴った。小さな旅客機はぐんぐんと高度を下げる。小さな窓からは乾いたセピア色の大地に色あせた潅木がモザイク模様に広がり、逃げ場を失った雨水が白いクリークを作っている。ジェットエンジンで揺らぐ大気を通して、突然、赤い台形の岩山が目に飛び込んできた。地球のヘソ、エアーズロック。大自然が創り出した想像を絶する世界遺産が眼下にあった。

 留学している上の娘に会いに行くことを目的に、らくえぬと下の娘が9月の連休を利用してオーストラリアを訪れる計画を立てた。ところが、下の娘の都合がつかず、急遽、夫婦2人の旅に変更。2人での海外は新婚旅行以来である。計画はらくえぬまかせ。1週間前に届いた日程表に目を通した。

 娘の住むゴールドコーストに行く前に、エアーズロックに登る? オーストラリアの砂漠のど真ん中にある台形の赤い山がエアーズロックであることは知っていたが、まさか登れるなどと思っていなかった。登山用にスニーカーと防寒着を持参するよう注意書きがあった。海外旅行にしては3泊5日と短い旅なので、国内旅行程度の感覚で前日に荷物をまとめた。

 19日の夜、名古屋空港はハネムーンの若いカップルで埋まっていた。名古屋から約7時間でケアンズへ。昔のツアーであれば、最初から最後まで同じツアーに申し込んだグループが団体で行動するパターンであるが、最近では、全国から集まった様々なツアーを現地旅行会社が再編成する仕組みになっており、登場手続きをしてくれる程度で、飛行機への搭乗も個別であり、団体旅行というイメージは全くなく個人旅行と変わらない。ケアンズから国内線に乗り換え、小型旅客機で3時間。広大な大地を見下ろしながらエアーズロックに着いた。

 エアーズロックはオーストラリア大陸のど真ん中にあり、今では年間50万人の観光客が訪れる。先住民族アボリジニの言葉で「ウルル」と呼ぶ。「日陰の場所」という意味らしい。エアーズロック山頂の標高は863m。登山口からの高さは348m。周囲約9.4kmの巨大な一枚岩エアーズロックは、ウルル−カタジュタ国立公園として、 ユネスコの世界遺産にも登録されている。その歴史は約6億年といわれており、 オーストラリアの先住民族アボリジニの聖地となっているが、登ることは許されている。まさか、これに登るなどと思ってもみなかった山が、今、目の前にある。

★エアーズロック・リゾート
 エアーズロックは低木林・半砂漠地帯にある。標高500m程の大地には鉄分の多い真っ赤な砂地が広がり、ユーカリやデザートオーク、針葉の潅木など半砂漠地帯に適応できる植物が広がる。リゾートのホテルやビジターセンターなどを除けば、エアーズロック周辺に人工物は何も無い。訪れる観光客は数軒のホテルが集まるエアーズロックリゾートで泊まることになる。ホテルといっても、高層建築は禁止されており、コテージ風の平屋。全体で1000人を収容できるというから驚きである。

 午前中に到着して、バスでの周辺散策まで4時間ほど自由時間があったので、展望台やショッピングセンターを回った。リゾートは無料シャトルバスが巡回しているが、ショッピングセンターまでは原野の中の一本道を10分ほど歩いた。

 真っ赤な細かい砂の道の両脇には見たこともない草木の花が咲き乱れている。最初は、人工的に植えられた植物だと思ったが、そうではない。果てしなく続く赤い大地を美しいワイルドフラワーが一面に埋め尽くしている。ココナッツ味の蜜をしたたらせるハニーグラビリアや黄色い玉のデザートアカシア。ピンクのフリジマートルは砂漠の芝桜。低木の間には、かわいい色とりどりの花が風に揺れる。ここは、今、春真っ盛り。後に聞けば、3ヶ月雨が降らなかったが、半月前に1週間ほど雨が降り続き、その雨で一斉に花が咲いたそうだ。最高の時期に訪れることができた。

 写真を撮ろうと芝の葉に触って飛び上がった。芝の葉は松葉よりも細く、針のように固い。後に、世界で一番固い葉を持つスペニーフェックスとうい植物だと教えてもらった。大きな株になると中央から枯れはじめるが、この枯れた中には毒蛇が好んで生息しているとか。この辺りには100種類以上いる蛇のうち半分ほどは毒を持ち、中でも十数種類にかまれると死ぬそうだ。また、毒グモも多く、早朝、ホテルの周辺でもよく見ることができるらしい。かまれれば死に至るクモもいる。

 人に害は無いが、夏場にはブッシュフライと呼ばれる小型のハエが発生する。この時期も、外出すると常に2.3匹が顔の回りを飛び回ってうっとおしかった。夏の雨上がりなどは2〜300匹が群がるというのだから日本の初夏の低山のハエとは比較にならない。さすがスケールが大きい。このハエを避けるためのネット付きの帽子が売店で売られている。また、運がよければ野生のラクダも見られる。野生動植物の豊富なこの地域は人が入る場所ではないのかもしれない。それが今では世界レベルの大観光地になっている。

★マウント・オルガ
 午後、バスでマウント・オルガに向かう。エアーズロックの西方32kmにあり、36にも及ぶ大小さまざまな岩が群れを作る。最高のものは地上高が546mにも及ぶ。エアーズロックとともにアボリジニの聖地となっており、この山は登山ができない。オルガの意味は発見者が当時のドイツの女王の名を付けたそうだ。アボリジニはこの山を「カタ・ジュタ」と呼ぶ。「たくさんの頭」の意味らしい。

 岩と岩の間には数々の峡谷があり、ギーとオルバーと呼ばれる岩の間は「風の谷」と名付けられている。宮崎監督の大ヒットアニメ「風の谷のナウシカ」のモデルになった渓谷である。宮崎監督は何度もこの地を訪れ、ナウシカのイメージを作った。オルバーの大岩の形は映画に出てくるオウムそのものである。

 オルガの山並み全体を見ることのできる展望地を訪れた後、バスは渓谷近くまで入る。30分ほどではあったが、「風の谷」の隣の渓谷を歩くことができた。巨大な岩壁の間に向かう道は大迫力である。左に巨大な赤いオウムが迫る。ちょうど横尾から屏風岩の横を抜ける感覚である。

 かつて、オルガもエアーズロックのように巨大な一枚岩であったが、長い時の流れの中で、弱い部分が侵食され、分割され、隙間は深い谷となった。岩山にぶつかった風は谷に集まり、強い風となって吹き抜ける。5億5千万年前、海の底で積もった砂は大きな岩となって地上に現れ、今、再び砂に返りつつある。

 雨が降ればいくつかの滝ができる。岩肌は水の流れで黒い縦じまを作り、所々に大きな穴がある。麓には穴から落ちたと思われる大岩がごろごろしていた。雷が多く、岩に落ちた落雷が穴をあけるそうだ。また、砂岩は多くの水を含み、岩に近づくと植生はがらりと変わる。ユーカリの木は大きく、柔らかな葉を持つキク科やマメ科の植物が美しい花を咲かせている。ナウシカを思い出さずにはいられなかった。時間がないので、谷が狭まり緑が濃くなった辺りで引き返したが、できれば、「風の谷」の4時間コースを歩いてみたいと思った。

★シャンパン・サンセット
 マウント・オルガ散策の後、エアーズロックの麓へ。国立公園入り口には入場券をチェックするゲートがあるが、バスの場合は乗客全員が係員のいる窓側に向けてチケットを掲げるという形式的なもの。国立公園内には厳しい規則があり、違反すると高額な罰金が科せられる。おもしろいのは、常に1リットル以上の水を持っていないと違反になる。砂漠ならではの規則である。なお、ここの水は地下水が汲み上げられており、非加熱で飲むことができる。ミネラル濃度が高く、ややしょっぱいが、なかなかおいしい水であった。

 エアーズロック麓にある池や壁画を見た後、登山口を確認。登山ルートはおそらくエアーズロックの最もゆるやかな尾根につけられていると思われるが、最大斜度は48度。赤い岩の一本のクサリをたどる登山者がアリの行列に見えた。日本語の上手な現地女性ガイドさんが「これを見て、明日、登るかどうかを決めてください」とのこと。この急斜面に登頂意欲が湧く。ただし、強風や雨の日、36度C以上の高温など公園の係員が危険と判断した場合はゲートは開けられない。ゲートの締まっている日が多く、開いていればかなり幸運だそうだ。

 エアーズロックの最大のパフォーマンスはサンセットで岩山が赤くなる光景を見ること。シャンパンで赤い山に乾杯するのだ。原野に設けられたテーブルでシャンパン片手に刻々と変わり行く岩山の色を眺めた。陽が沈む直前には血の色のように真っ赤に輝く。そして、陽が沈むとともに、チョコレート色になっていく。こんな美しい演出を見せてくれる自然はなんとすばらしいことか。

 暗くなる中、ランプの灯りでオージービーフやカンガルーのバーベキューを楽しんだ。南十字星が南の地平線近くに輝き、エアーズロックの上には白鳥座の北十字星が羽ばたく。明日、ゲートが開くことを願った。 続きを見る
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