野伏ヶ岳 (1674m 郡上市) 2005.3.20 曇り・一時雪 4人

上在所・白山中居神社駐車場(6:04)→小白山谷の橋(6:14)→和田牧場跡(7:36)→ダイレクト尾根への取り付き・池の縁(8:10-8:20)→ダイレクト尾根合流(8:37-8:47)→ブナの大木(9:12)→痩せ尾根(9:21)→休憩(9:44-9:53)→北尾根合流・ジャンクションピーク(10:05)→野伏ヶ岳山頂(10:21-12:27)→ブナの大木(13:00)→池の縁(13:18-13:30)→林道(13:45)→小白山谷の橋(14:44)→白山中居神社駐車場(14:50)

【参加者】ミツルさん、ベッカムさん、RAKU、らくえぬ

 残雪期の野伏ヶ岳はあこがれの山であった。この山に登山道はない。雪の時期にだけ登れる山であり、和田牧場跡から通称ダイレクト尾根と呼ばれる直線の雪尾根を経て山頂に至る。牧場跡からの野伏ヶ岳の勇壮、山頂からの大展望は想像を絶すると言う。この季節が訪れるたびに、登りたいという気持ちは高まるものの、そのコースは長く標高差も半端ではない。ましてや、登山道のない雪道。一歩を踏み出せないまま時が過ぎた。

 今年、3月上旬、kuさんの野伏ヶ岳登頂レポートが掲載された。その美しい写真は、この山に行きたいという思いを高まらせた。その思いは我々だけではなかった。高賀山オフ会の折、誰からともなく野伏ヶ岳が話題になった。「どうせ行くなら体力のあるうちに登ろう」とミツルさん。その言葉が背中を押した。高賀山参加メンバーでミツルさん以外は都合がつかなかったが、ジェリーSさんを通じて、やはりこの山にあこがれるベッカムさんが加わった。野伏ヶ岳初心者4人での山行計画は一気に進んだ。

 この山はネットでたくさん紹介されている。多くが山スキーの記録である。山スキーファンにとっても魅力の山だ。ベッカムさんもフリートレックを持参するという。いくつかのレポートを参考にイメージを膨らませた。kuさんからも貴重なアドバイスを頂いた。これだけ気合いを入れて計画した山も珍しい。

 6時半に歩き始められるよう、4人1台に乗り合わせて4時半頃に東海北陸自動車道美濃ICに入った。天気はなんとかもちそうだ。スキーヤーの車に混じって、空が白々としはじめた桧峠を登る。スキーヤー達がそれぞれのスキー場へ消えていく。我々の車だけが、凍り付いたカーブの路面をスリップに注意して下っていく。昨年の銚子ヶ峰以来の道である。

 下りきったら突き当たりを右にとり、雪に埋もれた集落をひと走りして鳥居のある白山中居神社に着いた。運良くトイレのある駐車場から1台の車が出て行き、その後に駐車できた。駐車場が一杯になるとは聞いていたが、まさにそのとおり。関西方面の車も多く、人気の山だ。この先、路肩に駐車可能な場所もいくつかあるがほとんど満車。坂を下って右に上った神社の駐車場にはまだ余裕があった。トイレは使用可能。

 野伏ヶ岳方向を見上げて息を呑んだ。かろうじて見える野伏ヶ岳山頂が朝日を受けて真っ赤に輝いているではないか。燃えるあこがれの山が今、目の前にある。それにしても遠くに見える。数時間後にほんとうにあの山頂に立てるであろうか。

 予定より30分ほど早く出発。まずは、凍り付いた舗装道路を下り、石徹白川にかかる橋を渡る。橋の手前の路肩の車は霜が降りて真っ白になっている。昨日から入山し、牧場跡でテン泊している登山者の車のようだ。橋を渡りきり、除雪用重機の脇を抜けて、川沿いに右側の林道に入る。この先、除雪されておらず、1mほどの雪の上を歩く。

 スキーや登山靴のトレースがしっかりついており、また夜の冷え込みで雪は固く、ツボ足でも問題はない。5分ほどして支流の小白山谷にかかる橋を渡る。川上にある堰堤から雪解け水が音を立てて流れ落ちている。橋の欄干は雪のかなり下にあった。

 ここからひたすら林道を歩くことになる。多くはスギの人工林を通る。ベッカムさんは花粉症の悪化を心配していたが、花粉の飛散はまだらしく大丈夫のようだ。時々、ショートカットのトレースがあり、2・3度、人工林を横切った。雪の深さは2m以上ある。ザックにスキー板をつけたベッカムさん、雪で倒れかかった木に板が引っかかる場面もしばしば。

 麓の集落から7時を告げるチャイムが聞こえてきた。すでに1時間歩いているが、まだまだ林道は続く。休憩を取る。先頭はらくえぬ。「ピッチが早いよ」とミツルさん。先は長い。林道上部は2つほど大きなS字を描く。この辺りでショートカットすると速いのだが、トレースが無く、そのまま林道を歩いた。林の切れ間から南側が望める場所があり、スキー場とその奥に毘沙門岳が美しい三角形を見せている。

 1時間半歩いてさすがに林道歩きもうんざりしてきた頃、前方が開け雪の土手を登る。「オー」歓声が上がる。牧場跡の真っ白な雪原の向こうには、あこがれの野伏ヶ岳が薄曇りの淡いグレーの空に、その白い巨体をにじませて、ずっしりと座り込む。誰もが絵はがきの世界に迷い込んだように、白銀の原で山を見つめた。何か目的を達成したような気持ちになったが、この感動はプロローグに過ぎなかった。

 左には石碑のような黒い岩が雪の上に頭を出している。低い大黒山を左に見ながら、広い牧場を野伏ヶ岳めざして真っ直ぐに歩く。一歩踏み出すごとに野伏ヶ岳が近づいてくるのを全身で感じながら、時折立ち止まって中判カメラのシャッターを切った。この辺りは池が点在する草原で、大きな窪地を通過し登り返すと、再びさらに深い窪地を見下ろす。数張りのテントが見られた。この雪の大地でテン泊して、何もしないで昼も夜も1日中、山を見上げていたいと思った。凍り付く霧氷の雪原で、いくつもの星座が野伏ヶ岳に沈んでいく様子は圧巻であろう。

 大黒山を巻くように道は左に向かい、ダイレクト尾根の取り付きを目指す。「右側がダイレクト尾根かと思った」とミツルさん。確かにどちらも山頂に向かって真っ直ぐに伸びる美しい尾根である。ベッカムさんがフリートレックに替えるため、3人で一足先に進む。大黒山を後方に見る頃、再び大きな窪地が現れる。雪に埋まった池のようだ。池の向こうはにダイレクト尾根の下部が迫る。ようやく山の麓にやって来たことになる。

 池の縁を時計と反対周りに歩く。池の北西の端から真っ直ぐにダイレクト尾根を目指してトレースが上がっているが、我々はもう少し池を回り込んで、比較的短距離で尾根に上がることとした。休憩を兼ねてベッカムさんを待った。スキーで池を横切ってきたベッカムさんと合流。奈良県からやって来た単独男性に先を譲る。関西では積雪期しか登れない山として有名なようだ。

 トレースを踏んでジグザグに斜面を登る。下から見たときにはすぐに登れそうに思えたが、意外に手強い。凍り付いて滑りやすいトレースの跡もあり、尾根に出たらアイゼンを着けようと決めた。息をきらして尾根にたどり着く。樹間越しに東の山々が望めた。薄曇りでも展望は良さそうだ。12本爪のアイゼンを装着。目の前には真っ直ぐに伸びるダイレクト尾根が待ちかまえている。

 樹木の間を縫いながら、アイゼンを効かせて歩き始める。雪質は思ったより固く、斜面は急である。アイゼンの選択は正解。スキーのベッカムさんはかなり苦戦している。10分ほど歩いて、急斜面でスキーがバックするようになり、ベッカムさんはスキーをアイゼンに交換。ベッカムさんの交換を待ちながら、東側の展望を楽しむ。大日ヶ岳と天狗山の二等辺三角形が美しい。その南には毘沙門岳が、北側には芦倉山、丸山が青みがかった美しい雪の峰を並べる。今歩いてきた和田牧場跡や池も見下ろせた。疲れも忘れてしまうほどの大展望である。

 ベッカムさんがザックを背負う姿を確認して歩き始める。ブナの大木の横を通過。大木というほど大きくはないが、次第に木が少なくなってきたこの辺りでは、大木という表現は間違ってはいない。左手には小白山谷を隔てて真っ白な美しい山が望めた。小白山北峰らしい。よく見ると、なんと北峰山頂から下ってくる何人かの姿が見えるではないか。どうやって登ったのであろうか。後に調べてみると、ダイレクト尾根下部から小白山谷を渡って小白山に登ることが可能のようだ。

 ブナの木から10分ほどで左側に雪庇のできた痩せ尾根を通過。傾斜も緩やかになった。前方尾根に次のピークが見える。その左には真っ白な山頂がグレーの空に溶け込んでいる。山頂付近を1人のスキーヤーが滑降するのが点になって望めた。小白山のパーティーは既に鞍部に降りきっている。次のピークにたどり着くとアイゼン装着から1時間を歩くことになると推定して、そのピークを休憩場所と決め、雪の斜面をひたすら登った。雪質といい、急斜面といい、この状況は昨年5月に涸沢カールを登った時に近似していると思った。kuさんの「アルプスに匹敵する登り」と言った言葉が思い出された。この言葉はこの先、さらに実感することとなる。

 後方の山々はますますパノラマになって眼下に広がる。スキー場のある鷲ヶ岳も確認できる。後方から登ってくるベッカムさんが、広大な雪の斜面の上で豆粒のように見える。なんとスケールの大きな光景であろうか。この光景もまた涸沢カールに負けない迫力である。

 ピークまでは思ったよりきつい登りであった。登り切ると更にその上にピークが見える。下から見るとピークに見えたが、ピークではなかった。すぐにベッカムさんが追いついた。軽快に登ってきた単独女性に追い抜かれる。遙か下方の尾根には4人ほどの登山者が見える。この女性を先頭に皆さん同じパーティーで、各自マイペースで登ってみえたことが、後に分かる。女性は体力がある。

 チョコレートを食べて次のピークを目指す。急斜面は続く。2人組と3人組の下山してくる2パーティーとすれ違う。牧場跡でテント泊したとのこと。麓で泊まれば一気に登れる山でもある。山頂まで後わずかだと教えてもらう。いつの間にか木々は雪の下に消え、北側の尾根が迫ってきた。

 休息から10分ほどで雪庇のあるピークに出た。ここは右の尾根と合流するジャンクションピーク。雪庇を乗り越えて眼前が開け、声が出る。右側を遮っていた尾根が消え真っ白な山が目に飛び込んできた。山頂は雲に隠されているが、間違いなく白山・別山である。後方に見えていた山並みが繋がって、南の小白山から北の白山までがぐるりと大パノラマになった。すばらしい演出だ。

 前方には丸く尖った純白の山頂が曲線を描く。今朝、真っ赤に染まって見えた山頂はもう手の届くところまで近づいた。風が出てきた。雪の上に突き刺された竹串の赤布がたなびく。まわりの雪は透明の釉薬を塗ったように表面が氷りになって美しい。ベッカムさんに「これがモナカ雪」だと教えてもらった。スキーで滑りにくい雪らしく、踏むとパリパリと割れる。時折吹く強い風に、帽子が飛ばされないよう手で押さえながら、一歩一歩登っていく。右側の谷の木々は霧氷が付着して美しい。

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