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薬師岳 (2926m 富山県) 2005.9.23 2人 曇り、晴れ

<9月23日>
折立登山口(7:13)→1871m三角点(8:37-8:45)→太郎平小屋【昼食】(10:42-11:41)→薬師峠キャンプ場(11:58)→薬師岳山荘(13:31-14:00)→避難小屋跡(14:31)→薬師岳山頂(14:47-15:18)→避難小屋跡(15:30)→薬師岳山荘(15:54)
<9月24日>
薬師岳山荘(5:21)→薬師峠キャンプ場(6:27)→太郎平小屋【朝食】(6:48-7:28)→太郎山(7:35)→展望ピーク(8:26-8:32)→神岡新道分岐点(8:53)→北ノ俣岳(9:00-9:13)→南の展望地(9:17-9:33)→北ノ俣岳(9:37-9:47)→神岡新道分岐点(9:53-10:00)→展望ピーク(10:17)→太郎山(10:59)→太郎平小屋【昼食】(11:07-12:07)→1871m三角点(13:25-13:35)→折立登山口(14:26)

 携帯のアラームで目が覚めた。シュラフから手を出して、車のカーテンを上げて、水滴の流れる窓ガラスを手でぬぐう。すらりと伸びた白樺の幹がキャンプ場の炊事場の灯りで白く浮かび上がっている。ガラスに顔をつけて空を見上げると、まだ真っ黒な空に1つ2つ星が輝く。天気は悪くない。

 この秋、1泊2日で山歩きができる日はこの連休のみ。夏に予定していた薬師岳を急遽仙丈・甲斐駒に振り替えたため、薬師の登山計画書がそのままになっていた。薬師岳は、この春、立山に登ったときにその美しい姿に感動し、ぜひ登りたいと考えていた一山である。薬師へ行こう。

 ところが、前日になって23日の富山県の天気予報は曇り後雨、降水確率60%。替え玉の山を捜したが、めんどうになって、雨とガスの中を歩く覚悟で薬師岳決行とした。24日は曇りの予報のため運がよければ雲は切れるかも・・・淡い期待で、雨対策をしっかりして、重い中判カメラも持たないことにした。

 22日の8時半前に岐阜市を出て東海北陸自動車道を北上。終点の清見ICから無料の中部縦貫自動車道を通って高山市内に入り、JR飛騨国府駅辺りから41号線を右折して2km程走ったら、上宝の案内板に従って左折。安国寺の前を通って「飛騨のいろは坂」と言われる十三墓峠(大坂峠)を越える。車に驚いたタヌキが逃げまどう。

 峠を抜けると県道76号線は旧上宝村の集落を縫いながら国道471号線まで下っていく。471号線に出たら左折して1kmほど走る。有峰の表示に従い右折し大規模林道に入り、ひたすらカーブの道を登る。昨年秋の天蓋山オフ会で走って以来の道である。岐阜から約三時間でようやく「天の夕顔」道の駅に到着。JR飛騨国府駅からここまで、対向車に出会ったのは1台だけだったのには驚いた。

 道の駅の反対側を登ったところにある山の村キャンプ場の駐車場をお借りして車を停めた。昨年、キーノさんのキャンピングカーで宴会をした懐かしい場所である。携帯のアラームを四時半にセットして、車中泊。

 薬師岳へは有峰湖の北東にある折立が登山口となる。そのためには有峰有料林道に入らなければならない。県境に料金所があり、そのゲートが開く時間は朝6時。山之村キャンプ場を5時半に出て、約10km北の飛越トンネルを目指す。トンネル手前から北ノ俣岳や黒部五郎岳への神岡新道の登山口があり、広い駐車場には10台ほどの登山者の車が停まっていた。

 トンネルを抜けて少し下ると車の列。大型観光バスも含めて、料金所のゲートが開くのを待つ10台ほどが並んでいる。料金所にはトイレもあり、深夜、ゲート前に車を停めて仮眠することもできそうだ。10分ほど待って6時にゲートが開いた。通行料金1800円。折立は有料道路内にあるので帰路の料金は不要。カーブの多い道を湖まで下って西岸を北上し、有峰湖をぐるりと回り込み、折立の標識に従って信号機付きの道原谷ゲートを通過。湖を離れて東に上ると大きな駐車場のある折立に着く。

 駐車場は約7割りほどが埋まっていた。身支度してトイレに寄り、休息所に登山届けを提出。出発時間を記録して歩き始める。いきなり大勢の団体さんの真ん中に入り込んでしまった。「お先にどうぞ」と道を譲っていただいた。この後、この団体の皆さんとは何度も出会うことになる。

 掘り割れの赤土道をジグザグと登っていく。後方からヘリの離発着の音がする。山小屋への荷揚げであろうか。急緩繰り返しながら、ピッチを掴むまでペースが乱れ、何人かに追い抜かれた。朽ちた木の階段や滑りやすい木の根を越え、しだいにペースを掴む。シラビソの大木の中、ゴゼンタチバナやマイズルソウの赤い実を見ながら稜線に近づき、歩きはじめて一時間ほどで尾根に出た。

 折立まで30分の標識。左に崩壊地を見ながら、掘れた赤土の道を歩き、大きなヒノキの大木を通過し、前を歩くテント泊組の3人の若者を追う。樹間から差し込む太陽がまぶしい。午後から雨が降るとは思えない。歩き始めて1時間30分弱で開けたベンチのある場所に出た。1871mの三角点である。太郎兵衛平まで4.2kmの表示。太郎平小屋まではまだ長い。大勢の登山者が休息中。前方には薬師岳が雄大に横たわる。

 ここからササ道を下り緩やかに登って展望の良い木枠で囲われた遊歩道を歩く。正面に薬師岳、右手のなだらかな稜線に見える小さな尖りは北ノ俣岳であろうか。ベンチのある展望地を過ぎ、草紅葉した草原の中を歩く。後方に青い有峰湖が美しい。ピークを通過し、ベンチのある鞍部が1904m地点。太郎兵衛平まで3.6km。がらがらの掘り割れたササの道を登り切る。満開のヤマハハコがきれいだ。正面に見えるなだらかな丘陵には登山道が続く。薬師岳は雲に覆われ、その姿を隠し始めた。

 樹林帯を抜けて展望のよい石畳の道へ出る。ベンチでは何人かの登山者が休息中。一息ついてすぐに歩き始める。ここから木枠が敷かれた登山道を歩く。道の両脇は裸地化を防ぐために麻のネットが敷き詰められている。稲科の植物の中にイワイチョウやネバリノギラン、イワショウブの紅葉や実が混じって秋色の草原が続く。道は左に小高い丘を見ながらS字に続く。左手にはなだらかな山の向こうに薬師岳の稜線が美しい曲線を描く。右手には有峰湖。

 石畳を踏んでゆっくり登り、ベンチのある小さなピークを越えると、右に小さな池塘が現れる。今度は右山でオヤマリンドウを見ながらピークを巻くと、前方が開けた。谷川の音が聞こえる。正面の深い谷には小さな滝が見下ろせた。薬師岳はまた雲に隠れた。北ノ俣の頭上にも雲がかかり始めた。やはり下り坂の天気か。

 稜線右方向に小さく小屋が見える。太郎平小屋だ。見えてから長いのが常。あせらず、整備された急緩の道を登る。しだいに小屋が近づいてくる。小屋の右の小さな山は太郎山。薬師岳はすっかり雲に包まれた。それでも頭上の雲間からは陽が差し込む。

 大きな角材に溝を切った木道を歩いて太郎平小屋の前の広場に出た。いきなり正面に荒々しい山々が目に飛び込んできた。思わず声が出る。水晶岳やワリモ岳の稜線だ。南には北ノ俣や黒部五郎が大きい。展望はあきらめていただけに、この感動は大きかった。

 小屋前の広場にはいくつかのベンチが置かれていたので、ここでランチにする。小屋の売店でビールを調達。北を見上げれば、ガスが切れて薬師岳の全容が姿を現すところだった。この山に乾杯。最高に美味しいビールだった。缶詰とラーメンのランチを楽しんでいると、次々と登山者が登ってくる。太郎平小屋は薬師岳方面、北ノ俣・黒部五郎岳方面、雲ノ平方面、そして折立方面への交差点となる要衝の場所。大勢の人が集まる場所でもある。水が豊富にあり、常に飲料水がパイプから流れている。最低限の飲み水を持ち上げればよかった。薬師岳山荘は水が無いのでここで十分に水を補給し、きれいなトイレに寄って、薬師岳山荘を目指す。

 すっかり雲が消えた薬師岳を目の前に、セピア色の草原に続く木道を歩く。アルプスの山々を眺めながら、起伏の少ない木道を歩くのはすばらしい。なだらかな道を歩いて、木道から石畳へ。建物とテント場のある鞍部、薬師峠キャンプ場に向けて一気に下る。まだミネズオウの花が咲いていた。連休初日でありテントの数は少な目。登山道がよく整備されておりここまでテントを持ち上げることはそれほど難しくはないと思った。

 ここからいよいよ薬師岳に向けての本格的な登りが始まる。潅木の道を経て岩だらけの急な谷を登る。右手の谷には水が勢いよく流れている。ヒョウタンボクやナナカマドの赤い実が美しい。この沢の岩歩きがかなり続く。太郎兵衛平からこの沢が望めたが、かなり上部まで続いていたことが思い出された。

 白いペンキの○印と人の踏み跡を確認しながらのルートファインディング。後方には赤い屋根の太郎平小屋が次第に下がっていく。小屋への木道や小屋から折立への登山道も見える。北ノ俣岳や黒部五郎岳の展望がしだいに良くなってきた。急登にペースが上がらない。ここでも後続者の何人かに追い抜かれる。細くなった沢を登り詰めて再び広い沢へ。沢が右へ回り込む辺りでようやく傾斜も緩くなってきた。チングルマの綿毛は散りかけていたが、その中にタテヤマリンドウが小さな花を咲かせていたのには驚いた。

 目の前に大きな尾根筋が近づいてきた。この尾根に取り付くために崩壊気味の沢を右へ歩き、湿地帯の草原の木道を渡る。この辺りが薬師平のようだ。左手の白い薬師岳から離れるように歩く。木道からガレたなだらかな道へ。北に向きを変えササ付きのハイマツやコメツガの低木帯を歩く。正面には青い空に白い雲、そして白い巨大な薬師岳が迫る。右には水晶岳やワリモ岳、後方にはあいかわらず北ノ俣や黒部五郎が佇む。急登の疲れを癒す僅かな空間である。

 すぐに潅木帯を抜け、薬師岳の南に切れ落ちる巨大な本谷の大展望地に飛び出す。山頂から伸びる東南稜から眼下へ一気に落ちる大斜面に圧倒され、立ちつくす。今までの様相とは打って変わり、ここからがこの山のハイライトコース、大展望の尾根歩きが始まる。

 西へ続く尾根に取り付く。前方を登る一行が小さく見える。主稜直前の傾斜がきつそうだ。主稜は右の山頂に向けてなだらかに伸びる。あの稜線を歩くのだろうか。稜線の先に小さな建物が見える。この小さな建物が薬師岳山荘だと思った。太郎平小屋から薬師岳山荘までのコースタイムは2時間。すでにここで1時間10分かかっている。後50分ではとてもあの建物まで到達しないと思った。とにかく歩こう。

 西に伸びる尾根に取り付いたら広い道を、本谷を覗き込みながらジグザグに歩く。傾斜は次第に増して立ち止まることもしばしば。大展望に疲れを忘れてガレた道を青い空に向かって登っていく。稜線手前は斜面を右にトラバースしていく。振り向いて驚いた。「槍だ!」 遠く、雲の切れ間から槍ヶ岳が見えた。またまた疲れが吹き飛ぶ。

 尾根を登り切って主稜線の取り付きで一息。案内板には薬師岳山荘まで8分とある。下から見えた小屋は前方の高い山の上にある。30分はかかりそうな距離だ。後方から2名の男性が登ってきた。東京の方で、薬師岳山荘の話しをすると、山の上に見える小屋ではなく、前のピークを回り込んだ辺りにあるのではとのこと。薬師岳を目の前に、なだらかに歩くと赤い屋根の薬師岳山荘が見えた。表示は正しかった。コースタイムで歩けた。

 とりあえずチェックイン。山荘の女将さんからいただいた熱いお茶がおいしかった。山荘の二階、すなわち屋根裏が宿泊場所。チェックインしたのが本日一番乗りに近い状態であり、ロープ付きの急階段を登って一番奥に案内された。隅の寝場所は屋根までの高さが60cmほどで座ることもできない。まだ2時前。薬師岳へ登ろう。

 雨具やジャケット等を1つのザックに詰めて、らくえぬは空荷。2時に山荘をスタート。山頂までのコースタイムは1時間であるが、山荘の前には40分と書かれてある。登り初めてすぐに濃いガスが西から流れ始めた。あっという間に前方が見えなくなり、視界は50m。

 砂礫の道をジグザグに登っていく。甲斐駒よりも荒い礫の道だ。ガスは稜線を乗り越えて深いカールへ落ちていく。晴れそうにないので引き返そうか、明日の朝、もう一度登ろうかなどと考えているうちに、ピークの上に建つ小屋が現れた。登ってくるときに見えていた建物である。小屋まで行ってみると、石造りで屋根の抜け落ちた避難小屋のなごりであることが分かった。

 ここから山頂まではなだらかな稜線を歩く。頭上に青空が現れ、ガスが消え始めた。西風がどんどんガスを吹き飛ばしていく。前方ピークにお社と人の姿。薬師岳山頂である。先ほどのガスはどこへやら。薬師岳山頂に着くと青空が迎えてくれた。岩の多い山頂には山名が書かれた木柱と石積みの上にお社。360度の大展望だ。景色を眺めるのは後回しで、ガスに包まれるかもしれないので、その前に三脚を出して何枚も記念写真を撮った。

 北には北薬師がすばらしい山容を見せる。薬師岳から黒部川に向かって金作谷カール、中央カール、南稜カールの3つの大きなカールがあり、「薬師岳の圏谷群」として特別天然記念物に指定されている。黒部川の深い谷を隔てて、赤牛、水晶、ワリモ、鷲羽の連山がすばらしい。ここでももちろん黒部五郎と北ノ俣が南に仲良く並んでいる。岐阜県側は雲海が広がる。鍬崎山の三角形が雲海から頭を出していた。残念ながら後立山連峰や立山・剣は雲に隠れて半分程しか見えなかったが、展望をあきらめていただけに、これだけ見られれば十分。

 お社で手を合わせていると、大勢の団体さんが到着し、山頂は賑やかになった。団体さんの写真撮影を頼まれてシャッターを切った。聞けば、皆さんは多治見市からみえた山歩きの会の方々。有峰林道料金所ゲート前で待っていたバスや折立登山口で先を譲っていただいたのも皆さんであった。

 30分ほど山頂で展望を楽しんだ後、多治見市の皆さんに混じって話しをしながら山荘まで下った。夕食は5時からなのでまだ十分に時間がある。ビールを、と思ったがお茶にする。山荘の玄関脇に座り込んでパーコレーターでコーヒーを沸かした。シェラカップから立ち上る香りを楽しみながら幸せなひと時。

 薬師の山肌が夕日で赤く染まっていく。雲海が西の地平線まで続いている。雲海を眺めていると、ひげを蓄えた見るからに山男といった男性から「写真を撮りましょうか」と声をかけられ、山荘の前で撮ってもらった。聞けば山口県の方で、100名山制覇に向けて、この1週間、雨飾を起点に山を歩き続けているそうだ。薬師岳で89山目。この後、鷲羽と黒部五郎を登るそうだ。

 話しをしていると女将さんから「夕食の時間ですよ」と名前を呼ばれた。玄関を入った左手にある30席ほどのテーブルが食堂になる。山荘への到着順に席に着く。今日は6回転ほどしたようだった。雨水に頼る山荘であるが、思ったよりも豪華なメニューに食が進んだ。ビールが美味しかった。

 食事の後、2階に上がって布団を敷く。満員状態ではあるが、余裕のあるスペース。ザックは天井の鉄骨にナスカンでぶら下げた。天井にはいくつものビニール袋がぶら下がっており、最初は靴を入れる袋かと思ったが、なんと雨漏りの水を受け止める袋らしい。

 隣のこれまた山口県からみえたご夫妻と話しをしていると、小さなガラス窓から赤い日差しが差し込んだ。「日が沈む!」 ジャケットを着込ん外に飛び出した。真っ赤になった大きな夕日が白い雲海の向こうに沈んでいく。山の上から沈む夕日を眺めたのは何年ぶりだろう。大勢の登山者に見守られて、ゆっくりと日が沈んでいった。赤い球体が半分になり最後の光の点が消えると、歓声が上がった。誰もが共通の感動で結ばれていた。山はいい・・・。中判カメラを持ってこればよかった。

 7時過ぎに毛布に潜り込んだ。大勢の宿泊者でかなり暑かったが、隅であったことから、新鮮で冷たい隙間風が吹き込んで気持ちが良かった。テン泊に慣れてしまい、久しぶりの山小屋でなかなか寝付けなかった。時折、強風が山荘に当たって大きなうなり声を上げた。以前、涸沢のテントの中で聞いたなつかしい音だ。明日、天気が良ければ北ノ俣に登ろう。風の音を聞きながら知らぬ間に眠りについた。

*翌日は、草紅葉の北ノ俣岳へ。レポートを見る。
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